神道(しんとう)と
山(やま)の神々(かみがみ)
日本では全(すべ)ての山に神(かみ)々がいらっしゃいます。隠喩(いんゆ)ではなく、具体(ぐたい)的に。修験道(しゅげんどう)の山伏(やまぶし)は千二百年(せんにひゃくねん)前(まえ)からこれを知っています。西洋(せいよう)の耳(みみ)には素朴(そぼく)に響(ひび)きます。御自身(ごじしん)が山頂(さんちょう)に立(た)つまでは。

日本(にほん)は国土(こくど)の七割(しちわり)が山(やま)です。日本にお越(こ)しになった方(かた)はお分かりになります — 山は背景(はいけい)ではなく、その本(ほん)体です。住(す)む土地(とち)は山と山の間(あいだ)の細(ほそ)い平地(へいち)に挟(はさ)まれて広(ひろ)がっています。山そのものは長(なが)く禁忌(きんき)とされてきました — 危(あや)ういからではなく、そこに居(い)らっしゃるから。神々(かみがみ)が。
これはニューエイジの宣伝(せんでん)文句(もんく)から来た情緒(じょうちょ)的な観念(かんねん)ではありません。少なくとも千五百年(せんごひゃくねん)にわたり継続(けいぞく)的に記録(きろく)されてきた日本の霊性(れいせい)的立場(たちば)です。「自然(しぜん)宗教(しゅうきょう)」という西洋(せいよう)の語よりも、より深(ふか)く、より精緻(せいち)です。
神々(かみがみ)とは
「神(かみ)」という語は通常(つうじょう)「神(かみさま)」「女神(めがみ)」と訳(やく)されます。これは正確(せいかく)ではありません。本居宣長(もとおりのりなが)(1730–1801)はその名高(なだか)い定義(ていぎ)で次(つぎ)のように述(の)べました — 神とは、尋常(じんじょう)でない力(ちから)、美(うるわ)しさ、尊(とうと)さを備(そな)え、畏(おそ)れを呼(よ)び起(お)こすあらゆるものを指(さ)す。太陽(たいよう)の神でありうる。御先祖(ごせんぞ)でもありうる。古(ふる)い樹(き)、巨(おお)きな岩(いわ)、滝(たき)、山そのものでもありうる。
肝要(かんよう)な点(てん)は、神々が世界(せかい)の上(うえ)にあるのではなく、世界の中(なか)にあるということ。山が神なのです。「山に神がいる」ではなく、「山の中に神が住む」のでもありません。山そのものが霊性(れいせい)の存在(そんざい)です。
山に入(い)る者(もの)は身体(からだ)に入る者である。礼(れい)を弁(わきま)えぬ者は、その身体に手(て)を入れているのである。
日本の聖(ひじり)なる山々
全ての山が等(ひと)しいわけではありません。ある山々は特(とく)に霊性的に濃密(のうみつ)であると考(かんが)えられます — 伝統(でんとう)により、姿(すがた)により、歴史(れきし)により。最(もっと)も重要なものを幾(いく)つか:
富士山(ふじさん)
最も名高(なだか)い山。御身(みみ)には木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、花咲く木の姫がいらっしゃいます。富士は美しいのみならず、若い火山(かざん)であり、最後(さいご)の噴火(ふんか)は1707年。美と危(あや)うさの結びつきが、日本の美意識(びいしき)の象徴(しょうちょう)となっています。
高野山(こうやさん)
真言宗(しんごんしゅう)の聖なる山。空海(くうかい)(弘法大師(こうぼうだいし))が835年に入定(にゅうじょう) — 瞑想(めいそう)の深(ふか)き沈潜(ちんせん) — に入られた山で、真言宗の信仰(しんこう)においては今日(こんにち)に至(いた)るまで御瞑想中(おめいそうちゅう)であるとされます。117の御寺(おてら)が連(つら)なる、生(い)きた聖なる風景(ふうけい)。
羽黒山(はぐろさん)・月山(がっさん)・湯殿山(ゆどのさん) · 出羽三山(でわさんざん)
山形県(やまがたけん)の北(きた)に位(い)する「出羽の三山」。修験道(しゅげんどう)の本拠地(ほんきょち)。巡礼者(じゅんれいしゃ)は誕生(たんじょう)・死(し)・再生(さいせい)の旅(たび)としてここを巡(めぐ)ります。
御嶽山(おんたけさん)
富士に次(つ)ぐ日本第二(だいに)の聖なる火山。独自(どくじ)の民間信仰(みんかんしんこう)の伝統(御嶽教(おんたけきょう))を持ちます。霊媒(れいばい)や治療師(ちりょうし)が今日も毎年(まいとし)集(つど)います。
修験道 · 山に分(わ)け入(い)る者の道
ここにシャーマニズム的核(かく)が現(あらわ)れます。修験道とは文字通(もじどお)り「修(しゅ)によって験(けん)を得(え)る道」。七世紀の伝説的人物、役行者(えんのぎょうじゃ)を開祖(かいそ)とします。実践者は山伏(やまぶし)と呼ばれます — 「山に伏(ふ)す者」。
山伏は狭義(きょうぎ)の仏教徒(ぶっきょうと)でも、純粋(じゅんすい)な神職(しんしょく)でもありません。境(さかい)を歩(あゆ)む者です。密教(みっきょう)(特(とく)に真言・天台)、道教(どうきょう)(陰陽道(おんみょうどう))、神道(しんとう)、そして仏教以前の日本のシャーマニズムの諸要素(しょようそ)を身(み)に湛(たた)えます。怠惰(たいだ)な習合(しゅうごう)ではなく、体系(たいけい)的に築(きず)かれたものです。
その実践には次のようなものが含(ふく)まれます:
- 遠(とお)く山林(さんりん)を数日(すうじつ)にわたって歩み行く修行 — 食(しょく)と眠(ねむ)りの制限(せいげん)とともに
- 滝に打(う)たれる行(ぎょう)(滝行(たきぎょう))
- 真言と陀羅尼(だらに)の唱誦(しょうじゅ)、その一部(いちぶ)は梵字(ぼんじ)・悉曇(しったん)による
- 九字(くじ)切りと九字印(くじいん) — 結界(けっかい)とエネルギー整(ととの)えのための手印(しゅいん)
- 太鼓(たいこ)、法螺貝(ほらがい)、香(こう)を儀礼(ぎれい)の道具(どうぐ)とする
- 瞑想(めいそう)と観法(かんぽう)を通(つう)じた山の神々との直接(ちょくせつ)の交流(こうりゅう)
これらは初学(しょがく)者のための技法(ぎほう)ではありません。師(し)から弟子(でし)への系譜(けいふ)で授(さず)けられる伝授(でんじゅ)です。しかしその根本(こんぽん)の姿勢(しせい) — 山を生きた相手(あいて)とすること — は受け継(つ)ぐことができます。
霊性(れいせい)的範疇(はんちゅう)としての日本の美意識(びいしき)
日本の実践をかくも精緻(せいち)にしているのは、霊性的経験(けいけん)と美的(びてき)な語との結びつきです。神々との出会(であ)いを語る時、ある語が繰(く)り返し現れます:
侘(わ)び寂(さ)び — 移ろう、不完全(ふかんぜん)なものの美。苔(こけ)むした古木(こぼく)。茶碗(ちゃわん)の罅(ひび)。神は完全(かんぜん)なものに現れません — 古びたもの、育(はぐく)まれたもの、変じ往(ゆ)くものに現れます。
幽玄(ゆうげん) — 神秘(しんぴ)に隠(かく)されたもの。感じられはするが、捉(とら)えられぬもの。早朝(そうちょう)の霧(きり)。一度(いちど)よぎって去(さ)る山の鷹(たか)。幽玄は神々が御自(おんみずか)らを仄(ほの)めかしになる気配(けはい)です。
雅(みやび) — 洗練(せんれん)された控(ひか)えめ。豪奢(ごうしゃ)ではなく、精密(せいみつ)な選(えら)び抜(ぬ)き。一行(いちぎょう)の書(しょ)が一冊(いっさつ)の書物(しょもつ)以上(いじょう)を語(かた)るように。
これらの語は単なる美的概念(がいねん)ではありません。霊性的力量(りきりょう)です。侘び寂びを見分(みわ)けられるようになる者は、同時(どうじ)にある場(ば)を魂(たましい)を持(も)つものとして見られるようになるのです。
そこから何を受け継ぐか
誰もが日本に旅できるわけではありません。修験道の実践はその系統(けいとう)に属(ぞく)します。しかし受け継ぐことのできる根本の姿勢(しせい)はあります:
- 山、湖(みずうみ)、樹(き)は背景(はいけい)ではない。相手(あいて)である
- 近(ちか)づきは沈黙(ちんもく)によってなされる。説明(せつめい)によってではない
- 儀礼的な所作(しょさ)(お辞儀(じぎ)、柏手(かしわで)、敬虔(けいけん)な沈黙)は礼儀(れいぎ)ではない — 交流(こうりゅう)である
- 場は要求(ようきゅう)に応(おう)じて現れはしない。姿勢が整(ととの)った時(とき)に現れる
- 頻繁(ひんぱん)に訪(おとず)れる場には、認(みと)められる — これは想像(そうぞう)ではなく観察(かんさつ)できることである
興味深(きょうみぶか)い事実 — この姿勢は古(いにしえ)のヨーロッパの諸伝統にも同(おな)じく存在(そんざい)していました。ケルトには聖なる森(もり)、ゲルマンには供犠(くぎ)の木、バルト諸民族(しょみんぞく)には湖がありました。日本はこの姿勢を守(まも)り伝えてきた — そこが違(ちが)いです。そして今日の私どもにとっての価値(かち)は正(まさ)にここにあります — かつて私どもにもあったものを映(うつ)す鏡(かがみ)として。
晴明神社(せいめいじんじゃ)のアイリーン
アイリーン・ヴィースマンは日本における研究滞在(たいざい)中、京都(きょうと)の晴明神社にて何度(なんど)も業(わざ)を行(おこな)って参(まい)りました — 日本の重層(じゅうそう)的な深みが凝(ぎょう)結(けつ)して感じ取れる場(ば)の一つです。神道、陰陽道、民間(みんかん)の篤信(とくしん)がここに出会(であ)います。場が「応(こた)えた」瞬間(しゅんかん)を、自身の研究における転機(てんき)と語ります — 学問(がくもん)的な距離(きょり)が、より直接的(ちょくせつてき)なものへと変じた瞬間。
これについて — そして日本で最も名高(なだか)い陰陽師(おんみょうじ)であった安倍晴明御自身について — このブログには別(べつ)の記事(きじ)がございます。
道のりにおける日本のシャーマニズム
修験道の諸要素、九字切り、神々との出会いは、広(ひろ)げられた狼シャーマンの実践の一部(いちぶ)です。マーク・ホサック博士は三十年以上の御自身の日本経験を — 学問的にも実践的にも — 携(たずさ)えてまいります。