動物の姿の神々(かみがみ)。
隼の姿のホルス。豺(ジャッカル)の姿のアヌビス。トキの姿のトート。雌獅子の姿のセクメト。これを単なる「象徴」と読み解いては、要なるものを見落としてしまいます。エジプトの神々は絵巻ではなく、国家建築を伴うシャーマニズムでございます。
エジプトのシャーマニズムとは、古代エジプト宗教をシャーマニズムの伝統として捉え直す試みでございます。中核となる徴は明らかです——守護獣(しゅごじゅう)としての動物の姿の神々、化身としてのファラオ、初源の主題としての死への境界の渡り、厳密な浄不浄の秩序を伴う神殿という儀礼(ぎれい)の空間、儀礼の力を担うヒエログリフと種子音節。エジプト学が長く「宗教」と呼んできたものを、子細に観るならば、北極圏のシャーマンの記録にも見出される構造——ただしはるかに広壮なる装置とともに——として認めうるのです。[Eliade 1951]
エジプトの宗教は、そのままシャーマニズムでございます。
第一に、動物の姿の神々。古典的なシャーマニズムにおいて、実践(じっせん)者は守護獣——狼、熊、烏、隼——と共に働きます。エジプトにおいては、神々自身が動物の頭を持ち、もしくは動物そのままの姿で顕われます。隼の姿のホルス、豺の姿のアヌビス、雌獅子の姿のセクメト、トキの姿のトート、鰐の姿のソベク、猫の姿のバステト。寓意ではなく、シャーマニズムの基本の見方そのものです。
第二に、化身としてのファラオ。ファラオは神々と人々の間の祭司ではなく、神なる化身そのもの——生(なま)けるホルス、ラーの子——でございました。多くのシャーマニズム的な文化に見られる構造です。
第三に、死への境界の渡り。『死者の書』、ミイラ化、魂を導くアヌビス、オシリスの玉座における心臓の秤、冥界の数々の間。死を儀礼化された境界の渡りとして、これほど精緻に構造化した文化は稀でございます。シャーマニズムの核心領域に他なりません。
四つの鍵となる神々。
ホルス
隼。その双眸に太陽と月を宿す——ホルスの目は太陽の目であり、月の目でもございます。対極を一つの姿に結ぶ存在。アジアの儀礼における悉曇の種子音節「フーン(吽)」と顕著なる対応——太陽月の合一が一音に凝縮されます。
ラー
太陽そのもの。浄めの火。夜は冥界を航海し、朝に地平にて甦る存在。エジプトにおける「ラー」の音と、アジアの儀礼における悉曇音節「ラ」の浄めの火の質とが響き合います——より深層の繋がりを示唆する徴。
オシリス
殺され、再び甦りし者。冥界の主。心臓を秤る者。オシリスは大いなる境界の渡りを担います——伝授(でんじゅ)としての死、明察としての裁き、目的としての再生。古代の主立った密儀祭儀のほとんどがオシリスの主題を継承しているのは偶然ではございません。
アヌビス
豺(ジャッカル)。魂を導く者——プシュコポンポス。冥界の数々の間を通じて、亡き者を裁きの場へと導きます。シャーマニズムの読みからすれば、古典的な守護獣としての豺——境界と死の営み、墓地の力、鋭き嗅覚への直接的なる入口。
エジプトのシャーマニズム · 一望。
動物の姿の神々
神なる姿の守護獣。隼、豺、雌獅子、トキ、鰐。それぞれの動物が、具体の力への入口です。
アンク
生命の徴。生命力、不死、霊的力。人類最古の鍵となる象徴のひとつ。
ホルスの目
太陽と月を一つに宿す姿。護り、癒し(いやし)、超感覚的な見抜き。物を「ただ眺める」のではなく、「貫いて見る」目。
ジェド柱
オシリスの背骨。安定、直立、内なる軸。あらゆる境界の渡りに必要となる土台。