エジプト2026年4月20日 · 8分(ふん)で読(よ)めます

トト · ネテルの書記(しょき)にして
呪術師(じゅじゅつし)

鷺頭(さぎとう)と書記板(しょきばん)とをもち、オシリスの王座(おうざ)の脇(わき)に座(ざ)す。トト · ジェフティ · 書(か)き留(と)めずして何(なに)も忘(わす)れず · 彼(かれ)なくして呪術(じゅじゅつ)は名(な)を持(も)たぬ。

トト · 書記(しょき)にして魔術師(まじゅつし)、月(つき)のネテル

エジプトのネテルの中(なか)でトト(エジプト名(めい)ジェフティ)は特別(とくべつ)な役(やく)を担(にな)います。戦士(せんし)のネテルでも、愛(あい)のネテルでも、大(おお)いなる創造者(そうぞうしゃ)でもない。記録者(きろくしゃ)、書記(しょき)、調停(ちょうてい)者(しゃ)、呪術師(じゅじゅつし)です。書(しょ)を発明(はつめい)し、数(かず)を導入(どうにゅう)した。死者(ししゃ)の審判(しんぱん)においていずれの心臓(しんぞう)が羽根(はね)より軽(かる)く、いずれが然(しか)らずかを書(か)き留(と)める。争(あらそ)いの調停(ちょうてい)を望(のぞ)むとき、あるいは難(むずか)しく到達(とうたつ)しがたい知(し)を求(もと)めるとき、他(た)のネテルが呼(よ)ぶ者(もの)でございます。

一言(ひとこと)申(もう)し添(そ)えますと、トトはネテル——個別(こべつ)の姿(すがた)を取(と)った宇宙(うちゅう)の原理(げんり)。効(き)く言葉(ことば)、精確(せいかく)な記録(きろく)、精緻(せいち)としての呪術(じゅじゅつ)の原理(げんり)。

その姿(すがた)

トトは主(おも)に二(ふた)つの姿(すがた)で現(あらわ)れます。鷺頭(さぎとう)のネテルとして、人(ひと)の身体(からだ)、書記板(しょきばん)、葦(あし)の筆(ふで)を手(て)に持(も)つ姿(すがた)。あるいは狒狒(ひひ)として、座(すわ)って、頭(あたま)に三日月(みかづき)を載(の)せた姿(すがた)。両方(りょうほう)とも彼(かれ)に属(ぞく)します。鷺(さぎ)はエジプトにおいて選択(せんたく)的(てき)な採食(さいしょく)・営巣(えいそう)行動(こうどう)で目立(めだ)つ鳥(とり)であり、狒狒(ひひ)は知性(ちせい)を声高(こわだか)く示(しめ)す動物(どうぶつ)で、日(ひ)の出(で)時(じ)に「語(かた)る」かに見(み)える生(い)き物(もの)です。

三日月(みかづき)は偶然(ぐうぜん)ではない。トトは月(つき)のネテル。ラーが太陽(たいよう)を支配(しはい)するなら、トトは月(つき)を支配(しはい)します。夜(よる)は彼(かれ)に属(ぞく)し、夢(ゆめ)、内省(ないせい)、時(とき)の数(かぞ)え、薄明(はくめい)の後(のち)にしか現(あらわ)れぬ静(しず)かな知(し)りもまた彼(かれ)に属(ぞく)します。

書(しょ)の発明者(はつめいしゃ)

エジプト神話(しんわ)においてヒエログリフを発明(はつめい)したのはトトです。これは小(ちい)さな功績(こうせき)ではない。エジプトにおいて書(しょ)は呪術的(じゅじゅつてき)範疇(はんちゅう)です——石(いし)や紙(し)に語(ご)を書(か)くことは、それを現実(げんじつ)に縛(しば)りつけること。名(な)を書(か)くことは存在(そんざい)を呼(よ)び出(だ)すこと。呪文(じゅもん)を書(か)くことはそれを手元(てもと)に置(お)くこと。

ゆえにトトは技術的(ぎじゅつてき)意味(いみ)での書(しょ)の技(わざ)のネテルだけではない。効(き)く言葉(ことば)のネテル——記述(きじゅつ)するのみならず作用(さよう)する言葉(ことば)のネテルでございます。シャーマニズム的(てき)読(よ)み方(かた)ではあらゆる実践者(じっせんしゃ)が育(はぐく)もうとするものの原型(げんけい)——言葉(ことば)を通(とお)して見(み)えない世界(せかい)に真(まこと)の動(うご)きを起(お)こす力(ちから)——です。

トトのもとでは、一(ひと)つ一(ひと)つの言葉(ことば)は二度(にど)秤(はか)られる · 口(くち)の前(まえ)で一度(いちど)、口(くち)の後(あと)で一度(いちど)。両方(りょうほう)を通(とお)った言葉(ことば)のみが力(ちから)を担(にな)うのである。

死者(ししゃ)の審判(しんぱん)における書記(しょき)

『死者(ししゃ)の書(しょ)』の有名(ゆうめい)な死者(ししゃ)の審判(しんぱん)図(ず)では、トトは秤(はかり)の脇(わき)に立(た)ちます。アヌビスが亡(な)き者(もの)の心臓(しんぞう)をマアトの羽根(はね)に対(たい)して秤量(ひょうりょう)し、トトが結果(けっか)を書(か)き留(と)める。彼(かれ)は裁(さば)き手(て)ではなく、起(お)こったことを記(しる)す客観的(きゃっかんてき)な証人(しょうにん)。彼(かれ)の臨在(りんざい)が場面(ばめん)を確(たし)かなものとする——トトが書(か)き留(と)めたことは実(じつ)に起(お)こったこと。いかなる言(い)い訳(わけ)もそれを取(と)り去(さ)れぬ。

シャーマニズム業(わざ)においては強(つよ)い像(ぞう)です。トトは私(わたくし)たち各(おの)々(おの)の内(うち)で、起(お)こっていることを中立的(ちゅうりつてき)に観(み)る機能(きのう)を表(あら)わします。この内(うち)なるトトの機能(きのう)なくして、自(みずか)らの行為(こうい)は不明瞭(ふめいりょう)となり、自(みずか)らの決断(けつだん)は検証(けんしょう)し難(がた)くなる。内(うち)にトトを呼(よ)ぶ者(もの)は、自(みずか)らを正直(しょうじき)に見(み)る能力(のうりょく)を呼(よ)ぶのでございます。

呪術(じゅじゅつ)の主(あるじ)

第二(だいに)の大(おお)いなる側面(そくめん)——トトはヘカ、呪術(じゅじゅつ)的(てき)力(ちから)のネテルでございます。多(おお)くのエジプト呪文(じゅもん)において、その公式(こうしき)が効(き)くために彼(かれ)が呼(よ)び求(もと)められます。トトの臨在(りんざい)なくして言葉(ことば)は空(から)。共(とも)にあれば効(き)くものとなる。

この呪術師(じゅじゅつし)のネテルの役(やく)を、トトはギリシャの伝統(でんとう)においてヘルメス・トリスメギストス(「三度(さんど)大(おお)いなる者(もの)」)として継(つ)ぎ進(すす)めました。古代末期(こだいまっき)とルネサンスにおいて欧州(おうしゅう)秘教(ひきょう)に大(おお)きな影響(えいきょう)を与(あた)えたヘルメス文書(ぶんしょ)は、彼(かれ)の系譜(けいふ)に立(た)っております。これを読(よ)む者(もの)は——多(おお)くはそれと知(し)らずに——トトの素材(そざい)を読(よ)んでいるのでございます。

供物(くもつ)と色

  • 白(しろ)と銀(ぎん) · 月(つき)の色
  • 無花果(いちじく) · 古(ふる)くより彼(かれ)に捧(ささ)げられた
  • 筆(ふで)記(き)用具(ようぐ) · ペン、紙(かみ)、墨(すみ) · 祭壇(さいだん)に
  • 書物(しょもつ) · とくに知恵(ちえ)の性質(せいしつ)を持(も)つもの
  • 月(つき)の周期(しゅうき) · 満月(まんげつ)の夜(よる)は彼(かれ)に特別(とくべつ)に捧(ささ)げられる
  • 沈黙(ちんもく) · トトは夜(よる)の業(わざ)の沈黙(ちんもく)を愛(あい)す

現代(げんだい)実践(じっせん)におけるトト

トトは西洋(せいよう)の実践者(じっせんしゃ)にとって、エジプトのネテルの中(なか)で比較的(ひかくてき)接近(せっきん)しやすい姿(すがた)の一(ひと)つです。その諸機能(しょきのう)——書(か)くこと、数(かぞ)えること、知恵(ちえ)、呪術(じゅじゅつ)——は日常生活(にちじょうせいかつ)において把握(はあく)し得(え)る。日々(ひび)の書(か)き取(と)りの実践(じっせん)を持(も)つ者(もの)、言葉(ことば)と共(とも)に働(はたら)く者(もの)、学(まな)ぶ者(もの)、研究(けんきゅう)する者(もの)は、暗(あん)に彼(かれ)の場(ば)で業(わざ)を行(おこな)っております。

簡素(かんそ)なトト業(わざ)——重要(じゅうよう)な文章(ぶんしょう)、決断(けつだん)、呪文(じゅもん)を書(か)く前(まえ)に、内(うち)にトトへ短(みじか)き請(こ)いを向(む)ける。請(こ)いは祈(いの)りである必要(ひつよう)はない。単(たん)に思(おも)い起(お)こすだけでもよろしい——「トトよ、明(あき)らかさにわたくしをとどめてください」。それだけで、数週間(すうしゅうかん)のうちに言葉(ことば)の扱(あつか)い方(かた)が変(か)わってまいります。

Shamanic Worlds におけるトト

当方(とうほう)のエジプト実践(じっせん)においてトトは儀礼(ぎれい)の枠(わく)を構造化(こうぞうか)するネテルです。複雑(ふくざつ)な儀礼(ぎれい)が行(おこな)われる場(ば)、文(ぶん)が朗(ろう)誦(しょう)される場(ば)、名(な)が呼(よ)び求(もと)められる場(ば)——そこにトトは在(あ)る。大(おお)いなる劇(げき)の主(あるじ)ではなく、精緻(せいち)の主(あるじ)。シャーマニズム業(わざ)においては、しばしば強烈(きょうれつ)さよりも精緻(せいち)が肝心(かんじん)でございます。

トトの精緻(せいち)

トトは Shamanic Worlds のエジプト系譜(けいふ)の儀礼業(ぎれいわざ)に寄(よ)り添(そ)う者(もの)。その臨在(りんざい)は文(ぶん)と祈(いの)りに力(ちから)を発(はっ)せしめる。

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マーク・ホサック博士(はかせ)

東(ひがし)アジア美術史(びじゅつし) 博士(はかせ) · 狼(おおかみ)シャーマン · エジプト象徴学(しょうちょうがく)の研究者(けんきゅうしゃ)

京都大学(きょうとだいがく)にて三年(さんねん)の研究 · 四国八十八ヶ所(しこくはちじゅうはちかしょ)巡礼(じゅんれい)を徒歩(とほ)にて · 三十年(さんじゅうねん)以上(いじょう)にわたる狼(おおかみ)シャーマニズム、ヴードゥー、エジプトと日本のシャーマニズムの実践(じっせん)。シャーマニズムの系譜(けいふ)におけるエジプトのネテル(自然力(しぜんりょく))との関(かか)わり。

アイリーン・ヴィースマン

歴史学修士(れきしがくしゅうし) · 博士課程(はかせかてい) · シャーマン · メンター

儀礼(ぎれい)と象徴学(しょうちょうがく)を研究主題(けんきゅうしゅだい)とする宗教史家(しゅうきょうしか) · 繊細(せんさい)な感受性(かんじゅせい)を持(も)つ方々(かたがた)のためのメンター。