オシリス ·
冥界(めいかい)の王(おう)
殺(ころ)され、切(き)り裂(さ)かれ、再(ふたた)び繋(つな)ぎ直(なお)され——そして全(まった)きひとつの世界(せかい)の主(あるじ)となる。人類(じんるい)最古(さいこ)の復活(ふっかつ)神話(しんわ)、エジプトのシャーマニズム業(わざ)の中心的(ちゅうしんてき)な門(もん)でございます。
オシリスは人類(じんるい)の最古(さいこ)かつ最(もっと)も影響力(えいきょうりょく)ある神話(しんわ)的(てき)姿(すがた)の一(ひと)つでございます。その神話(しんわ)——殺害(さつがい)、切断(せつだん)、イシスによる再構成(さいこうせい)、ホルスの懐胎(かいたい)——はギリシャのディオニュソス密儀(みつぎ)より古(ふる)く、これに影響(えいきょう)を与(あた)えました。キリスト教(きょう)の復活(ふっかつ)物語(ものがたり)より古(ふる)く、これを間接的(かんせつてき)に形作(かたちづく)りました。スーフィー的(てき)な溶解(ようかい)の言葉(ことば)より古(ふる)く、しかし同(おな)じ系譜(けいふ)に立(た)ちます。西洋(せいよう)で復活(ふっかつ)の主題(しゅだい)を扱(あつか)う者(もの)は——意識(いしき)するとせざるとに関(かか)わらず——オシリスの系譜(けいふ)に立(た)っているのでございます。
一言(ひとこと)申(もう)し添(そ)えますと、オシリスは西洋(せいよう)の多神教(たしんきょう)的(てき)意味(いみ)での「神(かみ)」ではなくネテルでございます——個別(こべつ)の姿(すがた)を取(と)った宇宙(うちゅう)の原理(げんり)、すなわち死(し)にて新(あら)たに為(な)される原理(げんり)。
神話(しんわ) · 殺害(さつがい)と新生(しんせい)
エジプトの伝承(でんしょう)によれば、オシリスはエジプトの最初(さいしょ)の王(おう)でございました。妻(つま)イシスと共(とも)に国(くに)を治(おさ)め、農業(のうぎょう)、裁判(さいばん)、文化(ぶんか)を人々(ひとびと)にもたらしました。弟(おとうと)セトがその王権(おうけん)を妬(ねた)み、巧(たく)みに作(つく)られた棺(ひつぎ)に誘(さそ)い込(こ)んで封(ふう)じ、ナイルに投(な)げ込(こ)みます。後(のち)にセトは棺(ひつぎ)を見出(みいだ)し、開(ひら)き、オシリスを十四(じゅうよん)に切(き)り裂(さ)き、エジプト各地(かくち)に撒(ま)き散(ち)らしました。
イシスは妹(いもうと)ネフティスに支(ささ)えられ、男根(だんこん)を除(のぞ)く全(すべ)ての断片(だんぺん)を見出(みいだ)し、再(ふたた)び繋(つな)ぎ合(あ)わせます。失(うしな)われた部分(ぶぶん)を呪術(じゅじゅつ)で形作(かたちづく)り、再(ふたた)び全(まった)きものとなったオシリスに息(いき)を吹(ふ)き返(かえ)させました。けれども、その新(あら)たな生(いのち)は元(もと)の生(いのち)ではなかった。オシリスは生者(せいじゃ)の王(おう)としては戻(もど)らず、冥界(めいかい)——ドゥアト、生(いのち)の彼方(かなた)なるあの世(よ)——の王(おう)となったのです。
オシリスは無傷(むきず)では戻(もど)らぬ。変(か)わって戻(もど)る · 繋(つな)ぎ直(なお)されはしたが、かつての自分(じぶん)と同一(どういつ)ではない。これがあらゆる真(まこと)の変容(へんよう)の真実(しんじつ)である——何(なに)かが死(し)に、新(あら)たなものはその死(し)の痕(あと)を担(にな)う。
ドゥアトの王(おう)として
オシリスはドゥアトの王座(おうざ)に座(ざ)し、亡(な)き者(もの)の魂(たましい)を裁(さば)きます。彼(かれ)の前(まえ)で一(ひと)つ一(ひと)つの心臓(しんぞう)がマアトの羽根(はね)に対(たい)して秤量(ひょうりょう)されます。彼(かれ)は悪意(あくい)を抱(いだ)かず、罰(ばっ)するためではなく、ただ正(ただ)しき者(もの)。羽根(はね)より軽(かる)い心臓(しんぞう)は祝福(しゅくふく)の野(の)(セケト・ヘテプ)に入(い)ることを許(ゆる)され、重(おも)い心臓(しんぞう)はワニ・獅子(しし)・河馬(かば)の合成獣(ごうせいじゅう)アムミトに呑(の)まれます。
シャーマニズム業(わざ)においてこれは強(つよ)い像(ぞう)です。オシリスは人(ひと)の生(いのち)がその真実(しんじつ)に齎(もたら)される瞬間(しゅんかん)を象徴(しょうちょう)します。隠(かく)れ場(ば)はなく、逃(に)げ場(ば)はない。ただ天秤(てんびん)のみ。この質(しつ)に堪(た)え得(う)る方(かた)にとって、彼(かれ)との邂逅(かいこう)は最(もっと)も浄(きよ)めの強(つよ)い体験(たいけん)の一(ひと)つでございます。
図像(ずぞう)
オシリスは多(おお)く緑(みどり)あるいは黒(くろ)の彩色(さいしき)のミイラ姿(すがた)で描(えが)かれます。手(て)には王権(おうけん)の徴(しるし)、ヘカ(湾杖(わんじょう))とネケク(殻竿(からざお))。頭(あたま)にはアテフ冠(かんむり)——両側(りょうがわ)に羽根(はね)を備(そな)えた高(たか)い白冠(はくかん)。緑(みどり)の肌(はだ)は、死(し)んだかに見(み)える種子(しゅし)から萌(も)え出(い)づる植生(しょくせい)の新(あら)たな生(いのち)を表(あら)わします。死(し)にて再(ふたた)び生(い)きるネテル。
オシリス密儀(みつぎ)
エジプトの高度(こうど)文化(ぶんか)においては、毎年(まいとし)アビュドスを中心(ちゅうしん)にオシリス密儀(みつぎ)が祝(いわ)われました。祭官(さいかん)たちが神話(しんわ)の場面(ばめん)を演(えん)じ——死(し)んだオシリスへの嘆(なげ)き、イシスの探索(たんさく)、復活(ふっかつ)——信徒(しんと)は受難劇(じゅなんげき)に参加(さんか)し、オシリスと同一化(どういつか)し、儀礼的(ぎれいてき)形(かたち)で死(し)と新生(しんせい)を生(い)き抜(ぬ)きました。
これは民俗的(みんぞくてき)演劇(えんげき)ではなく、社会(しゃかい)の祭祀(さいし)生活(せいかつ)に組(く)み込(こ)まれたシャーマニズム的(てき)入信儀礼(にゅうしんぎれい)でした。オシリス密儀(みつぎ)を経(へ)た者(もの)はマア・ケル「声(こえ)に真(しん)なる者(もの)」と呼(よ)ばれ、内(うち)なる試練(しれん)を通(とお)した者(もの)とされました。
現代(げんだい)シャーマニズム業(わざ)におけるオシリス
今日(こんにち)、オシリス密儀(みつぎ)の儀礼祭祀(ぎれいさいし)的(てき)形態(けいたい)はその古代(こだい)的(てき)密度(みつど)では参入(さんにゅう)できません。けれども、その基本(きほん)構造(こうぞう)は今(いま)も担(にな)い得(え)る——象徴的(しょうちょうてき)な死(し)、別(べつ)の世界(せかい)の通過(つうか)、再生(さいせい)。この構造(こうぞう)は普遍的(ふへんてき)です。生(いのち)の深(ふか)い転機(てんき)はみな、これを内(うち)に担(にな)っております。
大(おお)きな変動(へんどう)の局面(きょくめん)にある方々(かたがた)——別離(べつり)の後(あと)、ある生(いのち)の章(しょう)の喪失(そうしつ)の後(あと)、深(ふか)き危機(きき)の後(あと)——にとって、オシリスは助(たす)けとなる原型(げんけい)です。彼(かれ)は申(もう)す——今(いま)崩(くず)れつつあるものは、かつての姿(すがた)へ戻(もど)らずともよい。新(あら)たになり得(え)る。異(こと)なるものに。そして新(あら)たなものはしばしばより深(ふか)い。
供物(くもつ)と実践(じっせん)
- 麦(むぎ)の粒(つぶ)と麺麭(パン) · 種子(しゅし)からの復活(ふっかつ)の象徴(しょうちょう)
- ナイルの水(みず) · 今日(こんにち)は清(きよ)き湧(わ)き水(みず)で代用(だいよう)されることが多(おお)い
- 緑(みどり)と黒(くろ)の色 · オシリスの色
- 没薬(もつやく)とキフィ · 香(こう)
- ジェド柱(ばしら) · 安定(あんてい)とオシリスの脊柱(せきちゅう)の象徴(しょうちょう)
Shamanic Worlds におけるオシリス
当方(とうほう)のエジプト実践(じっせん)においてオシリスは中心的(ちゅうしんてき)な姿(すがた)の一(ひと)つで、とくに移行(いこう)と変容(へんよう)に関(かか)わる儀礼(ぎれい)においてその場(ば)を占(し)めます。その存在感(そんざいかん)は重(おも)いが堪(た)え得(う)るもの。一度(いちど)出会(であ)った者(もの)は、生(いのち)の困難(こんなん)な局面(きょくめん)——何(なに)かが死(し)に、何(なに)かが新(あら)たに生(う)まれるべき瞬間(しゅんかん)——における錨(いかり)を得(え)るのでございます。
オシリスの深(ふか)み
オシリス儀礼(ぎれい)は Shamanic Worlds のエジプト系譜(けいふ)の深(ふか)き業(わざ)に属(ぞく)します。実体験(じったいけん)の場(ば)で明確(めいかく)な見守(みまも)りの下(もと)で設(しつら)えられます。