エジプト · 武術(ぶじゅつ)2026年4月20日 · 9分(ふん)で読(よ)めます

ホルス · 隼(はやぶさ)の戦士(せんし)、
目(め)、秩序(ちつじょ)

ホルスは滅(ほろ)ぼすために戦(たたか)うのではございません。世界(せかい)の秩序(ちつじょ)を取(と)り戻(もど)すために戦(たたか)うのです · 西洋(せいよう)では忘(わす)れられた、別(べつ)の種類(しゅるい)の戦士(せんし)。

ホルス · 隼(はやぶさ)の戦士(せんし)

エジプトの文献(ぶんけん)には複数(ふくすう)の戦士(せんし)的(てき)な姿(すがた)が現(あらわ)れますが、その中(なか)で他(た)のすべてを超(こ)える者(もの)が一人(ひとり)おります。ホルス、隼(はやぶさ)、イシスとオシリスの息子(むすこ)、父(ちち)の天上(てんじょう)の復讐者(ふくしゅうしゃ)、ファラオの思想(しそう)においては治世(ちせい)のすべての王(おう)に体現(たいげん)される存在(そんざい)でございます。ホルスは数多(かずおお)き戦士(せんし)の一(ひと)つにあらず——エジプトの戦士(せんし)の原型(げんけい)そのものであり、その戦(たたか)いは任意(にんい)の敵(てき)に向(む)けられるのではなく、混沌(こんとん)そのものに向(む)けられているのです。

初(はじ)めに一言(ひとこと)申(もう)し添(そ)えますと、これらは西洋(せいよう)の一神教的(いっしんきょうてき)な意味(いみ)での「神(かみ)」ではございません。ネテル——自然力(しぜんりょく)、宇宙(うちゅう)の原理(げんり)を、動物頭(どうぶつとう)あるいは人間(にんげん)の姿(すがた)に写(うつ)し取(と)った存在(そんざい)でございます。エジプトの神々(かみがみ)をギリシャ風(ふう)の多神教(たしんきょう)として読(よ)み解(と)くのは要(よう)を逃(のが)します。ネテルとは、シャーマニズム的(てき)高度(こうど)文化(ぶんか)が宇宙(うちゅう)の構造(こうぞう)を、共(とも)に祈(いの)り、共(とも)に働(はたら)き、共(とも)に歩(あゆ)めるような姿(すがた)に表(あら)わしたものなのでございます。

ホルスとは何者(なにもの)か

ホルスの姿(すがた)は複雑(ふくざつ)でございます。エジプト三千年(さんぜんねん)の歴史(れきし)を通(つう)じ、様々(さまざま)な形(かたち)が現(あらわ)れました。古(ふる)き天空(てんくう)のホルス(ホル・エム・アケト、地平線(ちへいせん)のホルス——スフィンクスはこの姿(すがた)から生(う)まれます)、息子(むすこ)としてのホルス(ホル・サ・イセト、イシスの息子(むすこ))、子(こ)どものホルス(ハルポクラテス)、統合(とうごう)されたホルス(ホル・ウェル、「大(おお)いなるホルス」)。こうした諸相(しょそう)は後(のち)にギリシャ・ローマ期(き)のホルス像(ぞう)に統合(とうごう)されます。

戦士(せんし)的(てき)読(よ)み方(かた)にとっては、ホル・サ・イセトが特(とく)に重要(じゅうよう)でございます。父(ちち)オシリスの仇(あだ)を討(う)つ存在(そんざい)です。オシリスはその弟(おとうと)セトに殺(ころ)され、ばらばらに切(き)り刻(きざ)まれました。イシスがその身体(からだ)を再(ふたた)び繋(つな)ぎ合(あ)わせ、彼(かれ)からホルスを宿(やど)します。ホルスは隠(かく)れて育(そだ)てられ、セトの追及(ついきゅう)に晒(さら)されながらイシスに育(そだ)てられました。やがて戦士(せんし)として立(た)ち上(あ)がり、セトに挑(いど)んだのです。

セトとの戦(たたか)い

ホルスとセトの戦(たたか)いは、エジプトの数々(かずかず)の聖典(せいてん)を貫(つらぬ)きます。一回(いっかい)の出来事(できごと)ではなく、肉体的(にくたいてき)・法的(ほうてき)・儀礼的(ぎれいてき)な対決(たいけつ)の連続(れんぞく)です。ある戦(たたか)いではホルスが片目(かため)を失(うしな)い、のちに回復(かいふく)されます。別(べつ)の戦(たたか)いではセトが敗(やぶ)れますが、滅(ほろ)ぼされはしません。最終的(さいしゅうてき)に宇宙(うちゅう)は分(わ)けられます——ホルスは王権(おうけん)と豊(ゆた)かなるナイル谷(だに)を、セトは砂漠(さばく)と周縁(しゅうえん)を受(う)け取(と)るのです。

これは重要(じゅうよう)な点(てん)でございます。エジプトの戦士(せんし)の原型(げんけい)は、混沌(こんとん)を滅(ほろ)ぼすのではなく、混沌(こんとん)を然(しか)るべき場(ば)に納(おさ)めるのです。セトは消(き)えたわけではない。セトは砂漠(さばく)に在(あ)る。砂漠(さばく)は宇宙(うちゅう)の一部(いちぶ)ではございますが、ナイル谷(だに)を呑(の)み込(こ)んではならない。これは成熟(せいじゅく)した戦士(せんし)の教(おし)えであり、後(のち)のキリスト教的(きょうてき)・マニ教的(きょうてき)二元論(にげんろん)においてしばしば失(うしな)われた知恵(ちえ)です。

混沌(こんとん)を滅(ほろ)ぼそうとする戦士(せんし)は、別(べつ)の混沌(こんとん)の道具(どうぐ)となる。混沌(こんとん)に然(しか)るべき場(ば)を与(あた)える戦士(せんし)が、秩序(ちつじょ)の守(まも)り手(て)となるのです。

ホルスの目(め)

この文脈(ぶんみゃく)で最(もっと)も知(し)られた象徴(しょうちょう)がウジャトの目(め)、ホルスの目(め)でございます。戦(たたか)いで失(うしな)われ、再(ふたた)び回復(かいふく)された目(め)。エジプトの図像(ずぞう)言語(げんご)においてウジャトは次(つぎ)を表(あらわ)します。

  • 覚醒(かくせい) · 物事(ものごと)の覆(おお)いを貫(つらぬ)き見(み)る目(め)
  • 回復(かいふく) · 失(うしな)われたものが取(と)り戻(もど)される
  • 守護(しゅご) · 邪悪(じゃあく)なるものに対(たい)するお守(まも)りとしてのウジャト
  • 尺度(しゃくど) · 数学的(すうがくてき)・儀礼的(ぎれいてき)解釈(かいしゃく)では、合(あ)わせて63/64となる分数(ぶんすう)で構成(こうせい)される · 欠(か)けた1/64は決(けっ)して戻(もど)らぬ部分(ぶぶん) · ウジャトは喪失(そうしつ)とともに生(い)きる術(すべ)を教(おし)える

霊的(れいてき)戦士(せんし)にとってウジャトは、傷(きず)を経(へ)て得(え)られた澄(す)んだ覚醒(かくせい)の像(ぞう)です。一度(いちど)も傷(きず)つかぬ戦士(せんし)は未完(みかん)。傷(きず)を通(とお)して、より澄(す)んで見(み)え始(はじ)めた戦士(せんし)——それがホルスでございます。

ホルスとマアト · 宇宙(うちゅう)の秩序(ちつじょ)

ホルスの戦(たたか)いは自(みずか)らの栄誉(えいよ)に仕(つか)えるのではない。マアトに仕(つか)えるのです。マアトは宇宙(うちゅう)の秩序(ちつじょ)、真実(しんじつ)、正義(せいぎ)、物事(ものごと)の正(ただ)しき流(なが)れを表(あらわ)す、頭(あたま)に羽根(はね)を載(の)せた女性姿(じょせいすがた)のネテルです。ファラオが戴冠(たいかん)の誓(ちか)いにおいて誓(ちか)う対象(たいしょう)であり、セトがオシリスを殺(ころ)した時(とき)に乱(みだ)されたもの、ホルスが取(と)り戻(もど)すものでございます。

霊的(れいてき)戦士(せんし)の道(みち)においてはこの主題(しゅだい)が中心(ちゅうしん)です。戦士(せんし)は自分(じぶん)のために戦(たたか)うのではない。自(みずか)らが認識(にんしき)し、決断(けつだん)した秩序(ちつじょ)のために戦(たたか)うのです。それは宗教的(しゅうきょうてき)な言葉(ことば)で語(かた)られる必要(ひつよう)はございません。政治(せいじ)、職業(しょくぎょう)、家族(かぞく)であってもよろしい。ただし、自我(じが)よりも大(おお)きなものでなくてはならず、然(しか)らずんば、それは戦士(せんし)の行為(こうい)ではなく単(たん)なる自己主張(じこしゅちょう)に終(お)わります。

シャーマニズム的(てき)読(よ)み解(と)きにおけるホルス

シャーマニズム的(てき)読(よ)み方(かた)では、ホルスは鳥(とり)の霊(れい)、隼(はやぶさ)の霊(れい)として、高(たか)きと低(ひく)きを結(むす)ぶ存在(そんざい)として理解(りかい)されます。隼(はやぶさ)は高(たか)きより一気(いっき)に降下(こうか)する——行動(こうどう)に先立(さきだ)って観(み)、行動(こうどう)するときには極(きわ)めて正確(せいかく)に的(まと)を射(い)る。これはシャーマニズム的(てき)な戦士(せんし)の質(しつ)でございます。多(おお)くの文化(ぶんか)で猛禽(もうきん)——鷲(わし)、隼(はやぶさ)、鷹(たか)——と結(むす)びつけられる質(しつ)です。

シャーマニズム的(てき)実践者(じっせんしゃ)はホルスと様々(さまざま)な仕方(しかた)で関係(かんけい)を結(むす)べます——守護獣(しゅごじゅう)としての隼(はやぶさ)、復讐者(ふくしゅうしゃ)の原型(げんけい)、自(みずか)らの魂(たましい)におけるファラオ意識(いしき)の像(ぞう)として。それぞれの入(い)り口(ぐち)が、ホルスのエネルギーの異(こと)なる側面(そくめん)を開(ひら)きます。

ホルスとアヌビス

戦士(せんし)的(てき)読(よ)み方(かた)にとって重要(じゅうよう)な一言(ひとこと)。ホルスとアヌビスは両者(りょうしゃ)とも戦士(せんし)的(てき)姿(すがた)でありながら、その種類(しゅるい)は大(おお)きく異(こと)なります。ホルスは光(ひかり)の中(なか)で公然(こうぜん)とセトに戦(たたか)う。アヌビスは隠(かく)れて、境界(きょうかい)に立(た)ち、死者(ししゃ)と共(とも)に在(あ)る。完全(かんぜん)な戦士(せんし)の体系(たいけい)には両者(りょうしゃ)が必要(ひつよう)です——声(こえ)を上(あ)げて公然(こうぜん)と行動(こうどう)する戦士(せんし)と、境界(きょうかい)に立(た)ち、移行(いこう)を見守(みまも)る静(しず)かな戦士(せんし)。

Shamanic Worlds の系譜(けいふ)におけるホルス

当方(とうほう)の実践(じっせん)におけるエジプトの流(なが)れの中(なか)で、ホルスは中心的(ちゅうしんてき)な戦士(せんし)の姿(すがた)の一(ひと)つでございます。偶像(ぐうぞう)として崇(あが)めるのではなく、原型(げんけい)として呼(よ)び求(もと)めるのです——実践者(じっせんしゃ)の内(うち)に特定(とくてい)の質(しつ)を活(い)き活(い)きとさせる像(ぞう)として。隼(はやぶさ)の覚醒(かくせい)。澄(す)んだ行動(こうどう)の決断(けつだん)。自分(じぶん)より大(おお)いなる秩序(ちつじょ)のために立(た)ち上(あ)がる用意(ようい)。

狼(おおかみ)の戦士(せんし)、日本の忍者(にんじゃ)の戦士(せんし)と組(く)み合(あ)わさるとき、戦士(せんし)性(せい)の複数(ふくすう)の次元(じげん)を一(ひと)つに束(たば)ねる像(ぞう)が立(た)ち現(あらわ)れます。それぞれの姿(すがた)が一部(いちぶ)を担(にな)う。単独(たんどく)で完全(かんぜん)なものはございません。これは複数(ふくすう)の文化圏(ぶんかけん)に真摯(しんし)に分(わ)け入(い)る伝統(でんとう)の利点(りてん)でございます——全体(ぜんたい)の幅(はば)を示(しめ)せるのです。

エジプトの戦士(せんし)の道(みち)

ホルスは Shamanic Worlds のエジプトの流(なが)れにおける中心的(ちゅうしんてき)な姿(すがた)の一(ひと)つでございます。ホルスとの出会(であ)いはシャーマニズムの系譜(けいふ)の儀礼(ぎれい)の中(なか)で起(お)こります。

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マーク・ホサック博士(はかせ)

東(ひがし)アジア美術史(びじゅつし) 博士(はかせ) · 狼(おおかみ)シャーマン · エジプト象徴学(しょうちょうがく)の研究者(けんきゅうしゃ)

京都大学(きょうとだいがく)にて三年(さんねん)の研究 · 四国八十八ヶ所(しこくはちじゅうはちかしょ)巡礼(じゅんれい)を徒歩(とほ)にて · 三十年(さんじゅうねん)以上(いじょう)にわたる狼(おおかみ)シャーマニズム、ヴードゥー、エジプトと日本のシャーマニズムの実践(じっせん)。シャーマニズムの系譜(けいふ)におけるエジプトのネテル(自然力(しぜんりょく))との関(かか)わり。

アイリーン・ヴィースマン

歴史学修士(れきしがくしゅうし) · 博士課程(はかせかてい) · シャーマン · メンター

儀礼(ぎれい)と象徴学(しょうちょうがく)を研究主題(けんきゅうしゅだい)とする宗教史家(しゅうきょうしか) · 繊細(せんさい)な感受性(かんじゅせい)を持(も)つ方々(かたがた)のためのメンター。