道教(どうきょう)2026年4月20日 · 8分(ふん)で読(よ)めます

巫(ふ) · 古代(こだい)
中国(ちゅうごく)のシャーマン

漢字(かんじ)巫(ふ)は天(てん)と地(ち)の間(あいだ)で出会(であ)う二(ふた)つの姿(すがた)を示(しめ)します。それが三千年(さんぜんねん)前(まえ)に中国(ちゅうごく)がシャーマンを見(み)た姿(すがた) · そして当方(とうほう)のロゴでもございます。

巫(ふ) · 古代(こだい)中国(ちゅうごく)のシャーマン · マーク・ホサック博士(はかせ)のシャーマニズム実践(じっせん)
巫(ふ) · シャーマンの徴(しるし)

中国(ちゅうごく)の博物館(はくぶつかん)で商(しょう)代(だい)の卜骨(ぼっこつ)を眺(なが)める者(もの)は、中国(ちゅうごく)シャーマニズムの最古(さいこ)の証(あかし)を見(み)ます。紀元前(きげんぜん)1300年(ねん)から1046年(ねん)の間(あいだ)に、赤(あか)く焼(や)けた青銅(せいどう)の棒(ぼう)で熱(ねっ)せられて卜辞(ぼくじ)として裂(さ)け目(め)を読(よ)まれたこれらの亀(かめ)の甲(こう)に、私(わたくし)たちは巫(ふ)(巫)——古代(こだい)中国(ちゅうごく)のシャーマン——に出会(であ)います。中国(ちゅうごく)史(し)において名指(なざ)しで記録(きろく)された最古(さいこ)の霊(れい)的(てき)実践者(じっせんしゃ)であり、後(のち)に世界(せかい)宗教(しゅうきょう)となる道教(どうきょう)の根(ね)でございます。

本記事(ほんきじ)は道教(どうきょう)総覧(そうらん)「道教(どうきょう)のシャーマニズム · 巫(ふ)、内丹(ないたん)、仙人(せんにん)」のあるテーマを掘(ほ)り下(さ)げます。

巫(ふ)の字(じ)

巫(ふ)の字(じ)は最古(さいこ)の漢字(かんじ)の一(ひと)つでございます。商(しょう)の卜骨(ぼっこつ)の銘文(めいぶん)にすでに見(み)られます。原初(げんしょ)の形(かたち)では、垂直(すいちょく)の軸(じく)で出会(であ)う二(ふた)つの姿(すがた)を示(しめ)します。軸(じく)は上(うえ)と下(した)を結(むす)ぶ——天(てん)と地(ち)。二(ふた)つの姿(すがた)は巫(ふ)と、彼(かれ)が呼(よ)び求(もと)める霊的(れいてき)対手(あいて)。字(じ)はシャーマニズムが何(なに)であるかを絵(え)で示(しめ)す概念(がいねん)です——垂直(すいちょく)の軸(じく)における人(ひと)の世界(せかい)と別(べつ)の世界(せかい)との出会(であ)い。

Shamanic Worlds においてこの字(じ)は中心的(ちゅうしんてき)です。当方(とうほう)のロゴ漢字(かんじ)であり、当方(とうほう)の業(わざ)の東(ひがし)アジアの深(ふか)みとシャーマニズムの普遍的(ふへんてき)原理(げんり)を結(むす)びます。

巫(ふ)の機能(きのう)

巫(ふ)は具体的(ぐたいてき)に何(なに)を為(な)したのか。考古(こうこ)発見(はっけん)と早期(そうき)文献(ぶんけん)が手(て)がかりを与(あた)えます。

  • 祖霊(それい)への問(と)い · 最(もっと)も重要(じゅうよう)な機能(きのう) · 王(おう)は大(だい)決断(けつだん)のたびに巫(ふ)を通(つう)じて祖霊(それい)に問(と)うた
  • 亀甲(きっこう)・獣骨(じゅうこつ)による卜占(ぼくせん) · 熱(ねっ)することで生(しょう)じた裂(さ)け目(め)を答(こた)えとして読(よ)んだ
  • 雨(あめ)乞(ご)い · 旱魃(かんばつ)の時(とき)、巫(ふ)は舞(ま)い、あるいは雨(あめ)を齎(もたら)すために象徴的(しょうちょうてき)に身(み)を焼(や)いた
  • 病(やまい)祓(はら)い · 病(やまい)に際(さい)し悪霊(あくりょう)を呼(よ)び出(だ)し祓(はら)った
  • 神(かみ)との邂逅(かいこう) · 入神(にゅうしん)状態(じょうたい)で巫(ふ)は天(あめ)の神(かみ)々(がみ)と語(かた)り得(え)た
  • 歌(うた)と舞(まい) · 儀礼的(ぎれいてき)動作(どうさ)は付属(ふぞく)ではなく中核(ちゅうかく)

とりわけ興(きょう)味深(ぶか)い点(てん) · 早期(そうき)文献(ぶんけん)では男女(だんじょ)の巫(ふ)がございました。女性(じょせい)の巫(ふ)(より正(ただ)しくは女巫(にょふ))は霊(れい)的(てき)交信(こうしん)に特(とく)に従事(じゅうじ)しました。後期(こうき)の儒教(じゅきょう)の文(ぶん)においては、巫(ふ)は次第(しだい)に否定的(ひていてき)に描(えが)かれてゆきます——しばしば「単(たん)に」女性(じょせい)であるゆえに疑(うたが)わしいとして。この侮蔑(ぶべつ)は後期(こうき)の発展(はってん)。早期(そうき)の層(そう)では巫(ふ)は宮廷(きゅうてい)において尊敬(そんけい)される姿(すがた)です。

王(おう)は巫(ふ)なくして治(おさ)めることができなかった。大(だい)決断(けつだん)はすべて巫(ふ)を通(とお)じて行(おこな)われ · 巫(ふ)を経(へ)ずに為(な)された決断(けつだん)は危(あや)うきものとされた。

禹歩(うほ)

最(もっと)も興(きょう)味深(ぶか)い伝承(でんしょう)の一(ひと)つが禹歩(うほ)(禹步)、「禹(う)の歩(あゆ)み」でございます。神話的(しんわてき)な大(おお)いなる禹(う)は中国(ちゅうごく)の水脈(すいみゃく)を整(ととの)えた文化(ぶんか)の英雄(えいゆう)。彼(かれ)は独特(どくとく)の足(あし)を引(ひ)きずる歩(あゆ)み方(かた)で歩(ある)いた——神話(しんわ)的(てき)語(かた)りによれば、その業(わざ)で疲労困憊(ひろうこんぱい)し、もはや真(ま)っ直(す)ぐに歩(ある)けなくなった。

この歩(あゆ)みは儀礼的(ぎれいてき)型(かた)となりました。道教(どうきょう)祭官(さいかん)は今(いま)もある儀礼(ぎれい)で禹歩(うほ)を行(おこな)います。歩(あゆ)みは星空(ほしぞら)を模(も)す——星座(せいざ)を一(ひと)つ一(ひと)つ足(あし)で「訪(おとず)れる」。実践者(じっせんしゃ)はその時(とき)、宇宙(うちゅう)の歩(あゆ)みの小(ちい)さな写(うつ)しとなるのでございます。

禹歩(うほ)は歴史的(れきしてき)に古(ふる)き巫(ふ)と結(むす)ばれます。中国(ちゅうごく)伝統(でんとう)で最古(さいこ)の儀礼(ぎれい)的(てき)歩(あゆ)みの型(かた)であるかもしれません。後(のち)の多(おお)くの型(かた)がこれから派生(はせい)します——八卦掌(はっけしょう)の円(えん)歩(ある)きもその痕跡(こんせき)を担(にな)っております。八卦掌(はっけしょう) · シャーマニズム的(てき)武術(ぶじゅつ)としての円(えん)もご参照(さんしょう)ください。

巫(ふ)と中国(ちゅうごく)の魂(たましい)の地図(ちず)

巫(ふ)の伝統(でんとう)からは、人間(にんげん)の魂(たましい)とは何(なに)かについての中国(ちゅうごく)最古(さいこ)の概念(がいねん)も生(う)まれました。魂(こん)(魂、「天(てん)の魂(たましい)」)と魄(はく)(魄、「地(ち)の魂(たましい)」)の区別(くべつ)——死(し)に当(あ)たって別(べつ)々(べつ)の道(みち)を歩(あゆ)む二(ふた)つの魂(たましい)の部分(ぶぶん)——はこの早期(そうき)の層(そう)から伝(つた)わっております。巫(ふ)は両(りょう)者(しゃ)の扱(あつか)い方(かた)を知(し)る専門家(せんもんか)——入神(にゅうしん)状態(じょうたい)で魂(こん)の世界(せかい)へと旅(たび)し、魄(はく)を安定(あんてい)させる仕方(しかた)を知(し)る者(もの)でございました。

道教(どうきょう)への移行(いこう)

時(とき)と共(とも)に巫(ふ)の役(やく)は移(うつ)り変(か)わってまいります。周(しゅう)代(だい)(紀元前(きげんぜん)1046年(ねん)以降(いこう))に古(ふる)きシャーマニズム的(てき)業(わざ)は次第(しだい)に体系化(たいけいか)されました。文字(もじ)による文(ぶん)が口(くち)伝(づた)えに取(と)って代(か)わり、階層(かいそう)が形(かた)づくられました。独立(どくりつ)した巫(ふ)から、専門化(せんもんか)した祭官(さいかん)、占星家(せんせいか)、医(い)師(し)祭官(さいかん)が生(う)まれました。哲学的(てつがくてき)道教(どうきょう)が老子(ろうし)と荘子(そうし)(紀元前(きげんぜん)6–4世紀(せいき))と共(とも)に立(た)ち上(あ)がった時(とき)、それは古(ふる)き巫(ふ)の業(わざ)に新(あら)たな言葉(ことば)を与(あた)えたのでございます。

紀元(きげん)2世紀(せいき)からの組織(そしき)宗教(しゅうきょう)的(てき)道教(どうきょう)は多(おお)くの巫(ふ)の要素(ようそ)を取(と)り込(こ)みました。御札(おふだ)、咒文(じゅもん)、祖霊(それい)業(わざ)、霊(れい)的(てき)交信(こうしん)——すべてが道教(どうきょう)的(てき)な形(かたち)で生(い)き続(つづ)けました。現代(げんだい)の道教(どうきょう)祭官(さいかん)は多(おお)くの点(てん)で古(ふる)き巫(ふ)の末裔(まつえい)でございます——本人(ほんにん)が常(つね)にそうと見(み)ているわけではないにせよ。

今日(こんにち)の巫(ふ)

中国(ちゅうごく)のある地方(ちほう)農村(のうそん)地域(ちいき)——とくに中国(ちゅうごく)西南(せいなん)、ミャオ、ヤオなどの民族(みんぞく)——には、明(あき)らかに巫(ふ)の特徴(とくちょう)を担(にな)うシャーマニズム伝統(でんとう)が残(のこ)っております。そこではシャーマンが入神(にゅうしん)、歌(うた)、祖霊(それい)交信(こうしん)と共(とも)に業(わざ)を行(おこな)っており、三千年(さんぜんねん)前(まえ)に巫(ふ)が為(な)したものと近(ちか)き形(かたち)でございます。

西洋(せいよう)の実践者(じっせんしゃ)にとってはこれらの伝統(でんとう)に直接(ちょくせつ)接(せっ)するのは難(むずか)しい。けれども、その霊(れい)はより広(ひろ)い道教(どうきょう)的(てき)シャーマニズムの中(なか)、身体技法(しんたいぎほう)の中(なか)、符(ふ)御札(おふだ)の中(なか)、気(き)との瞑想的(めいそうてき)業(わざ)の中(なか)に生(い)き続(つづ)けます。

Shamanic Worlds における巫(ふ)

当方(とうほう)の実践(じっせん)において巫(ふ)は歴史(れきし)的(てき)主題(しゅだい)ではなく、生(い)きた背景(はいけい)でございます。ロゴとしての巫(ふ)の字(じ)、入神(にゅうしん)太鼓(たいこ)業(わざ)、祖霊(それい)への呼(よ)びかけ、楽器(がっき)としての身体(からだ)——すべてその系譜(けいふ)に立(た)ちます。道教(どうきょう)的(てき)流(なが)れと共(とも)に業(わざ)を行(おこな)う者(もの)は、暗(あん)に巫(ふ)の伝統(でんとう)の中(なか)でも業(わざ)を行(おこな)っているのでございます。

巫(ふ)の根(ね)に触(ふ)れる

道教(どうきょう)的(てき)・シャーマニズム的(てき)業(わざ)は狼(おおかみ)シャーマンの奥儀(おうぎ)の道(みち)の枠(わく)の中(なか)で起(お)こります。

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二十五年(にじゅうごねん)以上(いじょう)にわたる道教(どうきょう)的(てき)・シャーマニズム的(てき)身体技法(しんたいぎほう)の実践(じっせん) · 中国(ちゅうごく)と日本における研究 · 忍術(にんじゅつ)の流派(りゅうは)。『狼(おおかみ)シャーマンの奥儀(おうぎ)の道』著者(ちょしゃ)。

アイリーン・ヴィースマン

歴史学修士(れきしがくしゅうし) · 博士課程(はかせかてい) · シャーマン · メンター

日本の民間呪術(みんかんじゅじゅつ)における道教儀礼(どうきょうぎれい)を研究主題(けんきゅうしゅだい)とする宗教史家(しゅうきょうしか) · 京都の安倍晴明神社(あべのせいめいじんじゃ)における重要(じゅうよう)な体験(たいけん)。