大神(おおかみ) · 日本の狼と
聖なる狼の社(やしろ)
狼(おおかみ)とは獣の名。同じ読みの大神(おおかみ)とは大いなる神でございます。この同音は偶然ではなく · 神学的(しんがくてき)な署名(しょめい)です。日本においては千年来、狼が神(かみ)として祀(まつ)られてまいりました。

西欧の読者の方々が「日本の狼」と聞かれて、まず思い浮かべるのはおそらくプレイステーションの同名のゲーム、あるいはすでに絶滅したニホンオオカミ(Canis lupus hodophilax、最後の確認(かくにん)は1905年)のことでございましょう。両方とも正しいことでございますが · どちらも一面に過ぎません。日本の宗教史において狼は単に多くの獣のうちの一つではなく、神(かみ)でございます。いくつかの社(やしろ)では今日(こんにち)も祀(まつ)られ · その日本語名そのものが、すでにこの神学を内に担っているのでございます。
二重の名 · 狼と大神
日本語にはいくつかの書字体系(しょじたいけい)があり、漢字(中国より受け継いだ象形(しょうけい)の文字)は最も複雑な層を成します。おおかみは二つの異なる漢字の組み合わせにて書かれます · 発音は同一です。
- 狼(おおかみ) · 生物(せいぶつ)としての獣
- 大神(おおかみ) · 「大いなる神」あるいは「最高位の神格」 · 第一級の神(かみ)
日本の方ならばこの語を耳にして文脈からいずれの意味かを察することができますが · この同音は偶然と呼ぶには重(おも)きものでございます。日本学の研究は、狼と「大いなる神」の結びつきが日本の宗教性の最も深い層、すなわち仏教伝来(6世紀)以前、なお純粋に神道(しんとう)的に組まれていた時代に遡(さかのぼ)ると見ております。
獣自身が「大いなる神」と呼ばれてまいりました。「大いなる神に仕える獣」でも、「大いなる神に伴(ともな)われる獣」でもなく · 獣そのものが、言葉の中ですでに大いなる神なのでございます。
聖なる狼の社(やしろ)
日本を旅して正しき場を訪(おとな)う方は、鳥居(とりい)の前に獅子(しし)でも狐(きつね)でもなく(多くの稲荷(いなり)神社のように)狼が坐(ざ)す社に出会われます。これらの狛犬(こまいぬ)の守(まも)りは装飾(そうしょく)ではなく · 「ここに狼の神(かみ)が宿(やど)る」と告げているのです。
三峯神社(みつみねじんじゃ) · 埼玉県
東京の北西、電車で約二時間の秩父山地(ちちぶさんち)にございます。標高(ひょうこう)1100メートル、太古(たいこ)の杉(すぎ)の間に、日本最古かつ最も力ある狼の社の一つが立ちます。創建(そうけん)は倭建命(やまとたけるのみこと)(伝説の二世紀の皇子(おうじ))に遡るとされております。社では今日も御札(おふだ)を頒布(はんぷ)しております · 紙の御札を家族は家の守りとして持ち帰ります。ある方々はこの社を狼神大口真神(おおぐちのまがみ)にちなみ「大口様の社」と呼びます。三峯の狼の御札は、日本の民間信仰において最も求められる守りの一つでございます。
武蔵御嶽神社(むさしみたけじんじゃ) · 東京都
東京西部、御嶽山(みたけさん)の上 · 都心(としん)より約二時間。ここでも鳥居の前に狼の守りが坐し、ここでも狼の意匠の御札が頒布されます。社は登山者(とざんしゃ)と家主(やぬし)に特に愛されてまいりました · 狼が道と住まいを守ります。三峯と異なり、武蔵御嶽は近づきやすく、参拝者(さんぱいしゃ)も多くございます。東京においでの折、狼信仰を生(なま)で感じてみたい方は、ここが最も近い入り口となるでしょう。
その他の狼の社
日本全土にわたって、狼にゆかりのある社がさらに存在いたします · 高尾山、上野山、福島、九州。19世紀の大規模な開拓以前、多くの山地で狼信仰は普通のものでした。狼が絶滅(ぜつめつ)した後にも、社は残りました。神(かみ)は去ったのではなく · 去ったのは生物としての獣のみなのでございます。
大口真神(おおぐちのまがみ) · 狼の神格(しんかく)
これらの社で祀られる具体的な神(かみ)は大口真神(おおぐちのまがみ)と称されます · 「大きな口を持つ真(まこと)の神」。名は冗談(じょうだん)ではなく · 狼の働きを指します。咬(か)むということ。しかし闇雲(やみくも)にではなく · 的(まと)を得て。
大口真神は日本の民間信仰において二つの主たる働きを担います。
- 悪霊(あくれい)からの守り。狼の御札を家に掛(か)ける者は、その家を狼神の守りの下(もと)に置きます。荒(あら)き霊、他界より入り込まんとする者、低き氣 · 退(しりぞ)けられます。今日も農村の家屋にこのような御札がございます
- 収穫(しゅうかく)の守り。山地では猪(いのしし)や鹿(しか)が田の害となります。狼はそれらの天敵(てんてき)であり、個体数を抑(おさ)えてまいりました。狼が絶滅して以来、野獣の害は爆発し · 今日に至ります。その記憶が狼を、農夫の感謝の神(かみ)としております
倭建命(やまとたけるのみこと)と道案内の狼
三峯神社の創建を語る伝説は、日本の狼の物語(ものがたり)の典型(てんけい)でございます。倭建命 · 大和(やまと)の皇子(おうじ) · が秩父の山々を旅する折、道を見失います。夜が迫り、霊と野獣を怖れます。
そこに白き狼が現れ、森を抜けて峠(とうげ)へと安全にお導きいたしました。翌朝(よくちょう)、狼は姿を消しておりました。倭建命は悟りました · これは尋常(じんじょう)の獣ではない、と。彼は狼の神(かみ)に奉(ささ)げる社を建て、そこから三峯が育ったのでございます。
この伝説は古典的にシャーマン的でございます · もう一つの世界の道案内としての獣、儀礼(ぎれい)の記念に注がれる感謝、世紀(せいき)を越えて伝えられる関係。サーミの遊牧民やシベリアのシャーマニズムに通ずるものが、ここにも通うのです。日本は狼のシャーマニズムを持っておりました · それは社の中で生き続けてまいりました。
大衆文化の中の狼(おおかみ)
日本のアニメとゲームの文化をご存知の方は、すでにこの語に出会われたことがございましょう。ゲーム『大神(おおかみ)』(2006、カプコン)は太陽神(たいようしん)アマテラスを白き牝(めす)狼とし、魔法の筆で日本の風景を再び創(つく)らせます。このゲームは古き神道の神学を直接(ちょくせつ)引用しており · アマテラスを「大神」とすることは創作の偶然ではなく、神話への回帰(かいき)なのです。
アニメにおいても狼は繰り返し聖なる存在として現れます · 『もののけ姫(ひめ)』(スタジオジブリ、1997)では山々の狼の神々が中心におります。主人公サンは幼少(ようしょう)時(じ)に狼の女神(めがみ)に拾(ひろ)われた者です。宮崎(みやざき)はここで日本の狼の神(かみ)の伝統を直に汲(く)んでおります。
狼シャーマニズムにおける大神
マーク・ホサック博士の狼シャーマニズムにおいて、大神(おおかみ)は大いなる狼の三つの流れの一つでございます。日本の流れが実践にもたらすもの —
- 社(やしろ)への共鳴(きょうめい)。三峯あるいは武蔵御嶽に立った者は、その場の響きを自身の実践に持ち帰ります。マークの日本の年月(としつき)はこれを直接含みます
- 言語的な二重 狼/大神を霊性の基盤として · 獣がすでに大いなる神であるという見方は、西欧の獣/神の二元論(にげんろん)よりも日本の自然宗教に近いのです
- 御札の力。狼の意匠の紙の御札は、人と大神(おおかみ)との間の具体的な儀礼の品でございます
- 山の守り神としての狼。日本あるいは他の地の山にて儀礼を行う者は、大神(おおかみ)の支えを通じて山の神(かみ)全般への特有(とくゆう)の入り口を得ます
実践的な入り口 · できること
伝授(でんじゅ)なくしても、いくつかの基本姿勢は受け取られます。
- 次に森や山を歩かれる折、姿勢を整えてください — この場には魂が宿(やど)り · 目にするものは神(かみ)である、と
- 御札(三峯神社の正規(せいき)の紙の御札)を入手なさる · 社の公式の郵送(ゆうそう)にて · 家の清き場に掛けてください
- 日本の大神(おおかみ)への敬意の下、自身の狼の実践を深める · 文化の盗用(とうよう)ではなく、この流れが共に響くことへの認(みと)めとして
- 著書『狼シャーマンの奥儀(おうぎ)の道』をお読みください · 大神の側面が詳細(しょうさい)に扱われております
奥儀(おうぎ)の道における大神(おおかみ)
日本の狼神との出会いは、狼シャーマンの奥儀の道のライブの行事において訪れます · アフリカの流れ(キンイロジャッカル、アヌビス、ルー・ド・バロン)と北欧の流れ(フェンリル、狼の十字)と共に。